9億2000万円を調達したクレジットHDの清算から学ぶ記事から、より深く学ぶ。Deep dive
日本経済新聞にCrezit Holdings(クレジットHD)の会社清算から学ぶ記事が投稿された。金融機関向けの与信システムを展開する企業、シード7000万、2億、6.5億調達、累計9.2億円と比較的小さくない規模のスタートアップだ。
記事は有料会員限定なので各々で読んで頂ければと思うが、不可解な点が多いなというのが正直な感想だ。そのため、自分でも読み解き、本記事に記していくこととした。
Crezit Holdingsとは
与信プラットフォームのシステム企業。2022年にTHE BRIDGEに6.5億円の調達の記事が掲載されている。
2019年4月 プレシードラウンド 7000万円調達
2021年2月 プレシリーズA1ラウンド 3500万円調達(記載はないがおそらくA2ラウンドなど刻んで累計約2億円程か?)
2022年2月 プレシリーズAラウンド 6.5億円調達
調達額累計9.2億円
矢部寿明氏が立ち上げた、非金融の事業者が金融サービスに参入する事を支援するシステムやオペレーションを提供する「Credit as a Service(CaaS)」という造語にて掲載が行われている。
私が代表を務めたSider株式会社(旧社名: 株式会社アクトキャット)と同じく、Incubate Campを経て起業された企業だ。14thで優勝と、私より非常に素晴らしい成績だが。
Incubate Camp時点で金融会社5社と交渉もしくは基本合意済み、同社が提供するCrezit IDによる与信プラットフォームを目指す計画とBRIDGEの記事には記載がある。
Crezit Holdings社の登記簿を見てみた
第一に、まだ生きている。清算されていない。
2024年11月12日の本記事執筆時点では、東京都港区六本木に本社を持つCrezit Holdings株式会社は清算されていない。会社として生きている。
日経新聞の記事には『会社を解散することを24年春に決めた』と記載があるが、24年冬になってもまだ会社は生きている。
ただし、24年9月30日に新株予約権を全て消滅させる登記を行っており、清算に向けての活動は進んでいそうだ。
資金調達について
資金調達についてはニュース記事ではプレシード、プレシリーズA1、プレシリーズAと3回の調達をシリーズA以前として行ったと発表されている。
資金調達については登記簿に事実が載るため、確認してみたが、以下の通りの記載だった。
- 2020年7月10日 会社設立
- 2020年12月4日 普通株(30万株)、A種(9万1266株)、B種(10万9780株)の登記。資本金1億3249万9670円
- 2021年2月12日 B種(2万3288株)の登記。資本金1億5000万602円
- 2022年1月25日 C種(18万2379株)の登記。資本金4億7499万9980円
- 2022年2月28日 資本金を1億円へ減資登記
会社設立日が各種メディア記載のプレシードラウンドの調達日と異なる。また、普通株、A種、B種など、価格が条件が異なる株が設立と同時に登記されることはあまり一般的ではない。おそらく前身となる会社が別にあり、そちらで調達を行っていたが、何らか紆余曲折有りCrezit Holdings社として再度法人設立をし、前身の会社の株主構成を持ち込んだのではなかろうか。
おそらく前身は「Credit株式会社」であり、社名変更ではなく設立のし直しという形で「Credit Holdings株式会社」が出来たのだろう。
参考: https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/43526
1株あたりの価格は種類毎に以下の通り。(普通種は未試算)
- A種: 767円 残余財産分配権1.0倍
- B種: 1503円 残余財産分配権1.0倍(分配はA種より優先)
- C種: 3564円 残余財産分配権1.0倍(分配はB種より優先)
会社の株価・バリューションとしては、時期感は不透明だが、大凡以下。
- 2019年3月創業(前身の会社と推測)
- 2019年4月〜2020年X月 767円(前身の会社) プレシード
- 2020年X月〜2021年2月 1503円(Crezit Holdings社での増資) プレシリーズA1〜Axxx
- 2022年1月 3564円(Crezit Holdings社での増資))プレシリーズA
大凡1年ずつで株価は1.95倍、2.3倍と成長している。1年で2倍成長は非常に著しいとまでは思わないものの十分成長していると個人的には感じる。トリプルトリプルダブルダブルダブル、T2D3が全ての企業に出来るとは思わないし、時価総額はプレシードの時点でT2D3を一定織り込み済み、期待値が入った株価だっただろう。
オフィスについて
オフィスの場所は六本木に拘りがあったようだ。金融の中心地に一定近しいのが六本木だったのだろうか。
- 2020年7月 俳優座ビル 家賃11.3万〜28.6万 7坪〜15坪 ホームズより転載
- 2021年3月 メゾン明石 家賃29万円 18坪 恵比寿不動産より転載
- 2022年9月 和幸ビル 家賃不明 〜63坪(区画による)
- 2023年10月〜現在 ラウンドクロス六本木 〜251坪(区画による)
2024年春には会社を解散することを決めたにも関わらず、2024年11月現在のオフィス住所は変わらず、プレシリーズA以降に登記したラウンドクロス六本木のままのようだ。オフィスの契約期間が長いためにこうなっているのか、シェアオフィスやVC、他の会社からの間借りなどなのかは不明だ。一方、会社の清算を決めた2024年春よりは前にこのオフィスに移転(2023年10月)しており、通常、移転の3ヶ月、6ヶ月、もしくは1年前からオフィス移転は準備をすることが多いため、しっかりとオフィスが残っている可能性は高いのではないかと個人的には考える。
オフィスの移転遍歴を見ても、しっかりと成長していった企業である事がうかがえる。
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記事のタイトル、サブタイトルは以下のようになっている。
タイトル「有望フィンテック解散 大手との提携で暗雲、開発費膨張」
サブタイトル「スタートアップ 清算に学ぶ㊤」
有望なフィンテック企業が開発費膨張によって清算に追い込まれた。その清算のストーリーから何か学びを読者に得て欲しい、という主旨の記事で有ると思う。
清算のストーリーというのは企業や起業家はあまり語りたくないものだと思うので、この記事の取材協力されたであろう矢部寿明氏は素晴らしいと思う。
私も会社清算を経験したものではあるが、Sider(株)社はフィックスターズ社に対し事業譲渡を行い、売却資金を会社に入れ、会社を空っぽ(事業がなく従業員がおらず資産のみがある)状態にした上で、清算を行ったものだ。Exitの一つの形(株式譲渡を伴わないExit)であり、従業員も転籍を希望する者はフィックスターズ社子会社に転籍((株)Sider社)した。そのため、本記事の清算とは少し毛色が違うだろう。
日経BP編集者や、デジタル庁の方も記事にコメントを記しており、為になる記事で有ると思う。改めて記事へのリンクを記載する。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF15BIY0V10C24A8000000/
大手との提携
大手企業との取引はスタートアップ企業にとって必須に近しいものであり、大手企業から得られるであろう莫大な売上が魅せる魔力、魅力から逃れることは容易ではない。そのため、大手との提携を行った事自体は自然なものであろう。
一方、22年春に提携し、提携開始から2ヶ月で暗雲というのは、さすがに暗雲が早すぎる。もちろん提携開始が「NDAの締結」などの、スキームの調整に入ったという意味であり、開発請負契約を結んだのでなければ、そういうものだろうと思うが、どっちだろうか。
22年1月に6.5億円の資金調達を行ったばかりの22年春の提携。資金としては当時は潤沢であっただろう。
Crezit Holdings株式会社はPR TIMESにプレスリリースを集約しており、ここからこの「大企業」がどこかは想像しうる。
22年春に出ているプレスリリースとしては以下があった。
アコム新設子会社におけるCredit as a Serviceの創出
本業務提携では、アコム新設子会社が金融サービスの担い手となり、Crezitが提供するCaaS PFを利用しながら、エンドユーザーを有する事業者とパートナーシップを組むことによって、パートナーのサービスを利用しているお客さまへ新しい体験の金融サービスを提供してまいります。
プレスリリースに上記記載があり、日経新聞の記事の「金融機関が22年4月に設立した子会社向けに与信システムを提供」の文脈と外れてはいなさそうだ。
※日経新聞の記事に提携先企業名の明記はないため、上記はあくまで同社のプレスリリースの引用である。本記事でも特定企業を前提とはしない。
暗雲、開発費膨張
22年春時点の想定から2ヶ月で開発費が膨張、最終的に6倍ぐらい、数十億円規模の開発とは尋常ではない。十数億ではなく数十億という記載から最低限20億円と見積もると、「ざっくり3.5億円で作れる」と見込んで業務提携を行ったがその6倍の20億円以上掛かる見込みになった、といった形だろう。
開発者は多くの場合、保守的に「直感的に思った工数の3倍を積む」習性がある者も多いと思う。3.5億(想像)が3倍積んだ前なのか、後なのかは分からないが、1億で作れるシステムというのは、人月単価200万円のエンジニアで50人月、5人チームで10ヶ月なので、大手が導入を決めるコア製品の開発規模としては小さい。そのため保守的にとりあえず3倍積む前、直感の3.5億で試算したのではないかと考える。
3.5億円でも大手金融機関が望むシステムとしては小さすぎる見積もりであり、実際にはもっと大きな規模感を見込んでいた可能性も高いと思うが、資本金が6.5億円調達したばかりとはいえ、営業やマーケ、コーポレートなど開発系以外の人員の人件費や、オフィス代等人件費以外の費用を考えると4億円以上の開発規模を組める資本体制とは思えない。そのため、この私の3.5億円という雑な試算は少なくても桁はズレていないし、3倍以内のズレに収まるのではなかろうか。
2023年1月からCrezit HoldingsのCTOをされていらっしゃる方は華々しい経歴を持っているが、当時は別の方だったであろうから、本件の立て直しのために抜擢された後任CTOであり、前任時代には工数の見積もりが保守的には行えない組織体制だったのではないかと推測する。
参考(2023/1–2024/2): https://www.linkedin.com/in/takuya-kawatsu/
PRTIMESにもCTO就任のプレスリリースが出されている。
CTO以外は旧役職があるため、CTOの登用が肝だったと想像する。
22年春の提携、その2ヶ月後に暗雲。開発費用負担は全て自社。ジョイントベンチャーでも請負契約でもなく、内製のSaaSとしての開発投資を行ったというのは、始まりの試算・見込みが甘かったように見受けられるし、2ヶ月後に暗雲が立ちこめたというにもかかわらず、その後もそこに資金投下をし続けているというのが個人的には疑問だ。
金融機関との契約の縛りがきつく、解除出来なかったのだろうか。
それとも、開発規模が想定より大きすぎる事に気づいたときには現金が尽きていたのだろうか。どちらなのかは記事からは読み取れない。
メンバーが9割減少
記事の中にメンバーが9割減少という記載がある。「コストカットを急いだ」ことで50名のメンバーが5人に減ったとのことだ。
この記事には時間軸が書いていないので、1ヶ月で45人減ったのか、2年間で45人減ったのか、どちらなのか分からない。また、業務委託の終了を急いだことの記載があり、減ったメンバーが業務委託なのか正社員なのかは不明だ。
どちらにせよ、時系列としては以下になる。
2022年4月: 大手との業務提携契約
2022年6月: 暗雲
2023年1月: 経営体制の変更(CTO登用)
2023年12月: 会社の売却を検討
CTO登用を「コストカットを急いだ」の前に行う事は考えづらく、CTO登用以降、新体制になってからコストカットを急いだのだろう。
2023年1月時点ではコーポレートロゴ・サイトを変更したり、4月に全エンジニアへGitHub Copilotを導入をしたりしていることから、4月迄はコストカットを急いでいない。2023年5月にはおそらくPivot先の検討であろう、新サービスのティザーサイトを公開している。
想像するに、「コストカットを急いだ」のは2023年5月よりはよっぽど先だ。6月〜12月のどこか、会社の売却の際には従業員も価値になることから、正社員の退職推奨はこの時点では行っておらず、あくまで「業務委託の契約を解除することによるコストカットを急いだ」のが2023年12月なのではないかと考える。
資金調達、SaaSの開発開始、業務提携契約、業務委託のコストカットまで大凡2022年頭〜2023年12月と約2年がある。
勝手なイメージだが、暗雲が立ちこめた割には開発体制や開発を維持しすぎている。それ故に新しいCTOを登用しているが、時遅く、キャッシュは相当に減っており、従業員の雇用を守るために、バーンアウトが目前に迫ってからようやっと会社の売却を検討及びコストカットを急いだ(業務委託のみ)のではないかと推測する。
これは全部記事を読んだ上での私の想像でしかないので、事実無根であれば申し訳ない。読まれる方もあくまで「想像ね!」と思って読んで頂きたい。
私もあまり思い出したいことではないが、私がSider社の会社売却も視野にいれたのは2018年末頃だ。実際、オファーレターをとある外資系企業から手書きの紙という粗々の形で頂いた。但し、既存株主にとって利益の有るものではなかったため受諾せず、2019年2月に資金調達を行った。
その後、2019年4月にほぼ導入が決まっていた大手企業から、突如導入見送りの連絡があった。その企業の社長交代による開発方針転換により外部SaaSの導入一斉見送りが行われたのが理由だ。これにより暗雲が立ちこめた。その後、2019年10月末にはフィックスターズ社にExitが完了した。4月に暗雲、6月に意思決定、コストカットを急ぎつつ売却先検討、7–8月には基本合意、10月にはクローズ。暗雲からコストカットまでは2ヶ月だ。
比較すると、暗雲から2年してようやっとコストカットというのは楽観的だったのではないかとも思える。
もちろんこれは第三者であるから好き勝手書いているだけであって、実際には社内でPivotを検討したり、様々な手は尽くしたのだろう。
しかし「9割減少」というのは大きすぎるように思う。組織自体に何らかの問題があり、暗雲でメンバーが鬱屈しており、コストカットを急いだ、のタイミングで情報の伝達の仕方にミスがあり、もしくはミスではなかったかもしれないが、9割減少、5人しか残らないという事態を招いたのではなかろうか。
優秀な開発者が10名、20名いれば、CEOにとって魅力的な売却とはならないだろうが、Acqui-hireを目的とした買収のディールもあったのではないかと思うと、意思決定の遅れ、メンバーへの伝達の仕方など、何か改善の余地はあったのかもしれない。
※第三者が好き勝手に書いて申し訳ない。
口座残高が9円
個人を否定するつもりはないが、役員報酬850万円が有る中で、口座残高が9円というのは誇張か、何があったのだろうか…
850万円は東京で生活していくにあたりそれほど逼迫する金額ではない。
私も2019年のExit当時、二人の子供を持つ親であったが、神奈川県川崎市高津区の家賃8.5万円(から11.5万円に二児になったところでさすがに引っ越した)で生活費としては月に40万円もあれば十分で、口座残高が9円になることはなかった。
会社の資金が逼迫した際に代表から会社に貸し付けを行った結果そうなったのかもしれないが、役員報酬850万円が著しく少ないとは思わない。住宅ローンなどを抱えていれば別だが、スタートアップを創業した以降にそういったリスクを抱えることは難しい(与信がおりない)ので、妥当と言えば妥当だと考える。2000万必要だとは思わない。但し、住宅ローン等のリスクを抱えた者を役員におく場合には、リスクに見合った報酬は必要だろう。
人間、生活水準を落とすことは非常に難しい。
(私も子供の塾代、習い事代、家のローンに追われている…)
個人の雑感とまとめ
記事や、ここまで調べてきた内容をみて思うのは、大きくは以下の3つだ。
- 大企業との契約はスタートアップに不可欠だがリスクは大きい
- 優れた開発チームを持つ事は非常に重要だ。リカバリーは効かない
- キャッシュフローは常に気を掛ける必要が有る。バーンアウトはいつだ
大企業との契約はスタートアップに不可欠だがリスクは大きい
大企業を見込んだ事業計画は危険だ。但し、大企業を見込まないと投資家にとって良く見える事業計画は作れない。難しい問題だが、大企業を見込む事業計画は危険だ。
私も大企業からの突然の購入意思撤回(その企業向けにカスタマイズ済み、購入口頭合意からの突然の反故)がExitのキーファクターだった。また、それ以外にも、大企業への導入がほぼ決まっていた(契約書ドラフト、社内セキュリティ稟議、購入稟議等がほぼ済み)にも関わらず、その大企業のグループ企業が類似サービスを出したために導入が見送られた事もあった。事業計画やキャッシュフローの計画はその都度変更を余儀なくされた。
大企業との契約は必要だが、危険だ。リスクを最低限に留める必要が有るし、いつでも逃げ出せるようにする必要が有るし、それがなくても問題ない資金計画が必要である。
優れた開発チームを持つ事は非常に重要だ。リカバリーは効かない
きっとこれはCrezit Holdings社の方の方が思っている事だろう。一度使った資金や時間は返ってこない。最初にどれだけの開発投資が必要かを精緻に見積もることは不可欠だ。正しい著しくそれは難しい。
SIer(受託開発)でも、SaaSの自社開発でも、いかなる開発でも変わらない。アジャイル開発だからといって最終系に至るまでに掛かる総開発費は少なくなるものではない。最初に正しく見積もることは重要である。
そして、それを出来るのは優れた開発チームだけである。
特に大企業、ましてや金融機関が求めるシステムというのは莫大な開発費を要する。
脆弱性診断の実施だけで2000万ぐらいは掛かるかもしれない。閉域網接続が必要になり、それだけでAWS Direct等の維持費でインフラ費用が莫大にかかるかもしれない。その設計が行えるインフラエンジニアが市場に少なく、その起用や構築に莫大に資金が必要かもしれない。非機能要件を満たすだけで1億掛かっても全く不思議ではなく、特に見積もりが難しい非機能を見積もれる開発チームがスタートアップ企業にも必要だ。
居ない場合でも、見積もりにおいては、ベテラン開発者、他社CTOなどの助言を仰ぐ事が望ましいだろう。VCの投資先には優れたCTOが多く居る。きっと支援してくれるはずだ。支援を仰ぐ、他者に相談することは恥ではない。
キャッシュフローは常に気を掛ける必要が有る。バーンアウトはいつだ
人間は楽観的に物事を考えたい生き物だ。サンクコストに引きずられる生き物だ。目の前の優秀な採用候補者や営業案件に目を奪われる生き物だ。
「どうにかなるだろう」という甘い思い込みを捨てさせて、現実的に「いつ何を意思決定すれば良いか」を意識させてくれるのはキャッシュフローであり、バーンアウトの時期(ランウェイ)だ。
「残りのランウェイは何ヶ月有るか」
これは毎日チェックしてもいいKPIだ。私は株主から隔週でランウェイの報告を求められた。また、会社内のコーポレート(管理部長)から、週に3回ぐらいは報告を受けた。契約税理士からも毎月、「あと何ヶ月、但し消費税還付がいくらこの時期に見込まれる」、といった報告を受けた。
1ヶ月に20回は「あと何ヶ月自分の会社は生きられるか」を私は意識していたし、それに基づいた意思決定や行動を行った。自分が優れた経営者とは思わない、単に周りにランウェイを気にして助言をくれる者が沢山いたから意思決定が出来たのだと思うが、とにもかくにもランウェイは重要であり、役に立つ情報だ。スタートアップの経営者にとって最も重要な数値はランウェイであろう。
「コストカットを急いだ」というのは場当たり的な行動だ。ランウェイを意識していれば、オフィスの移転をしなかったり、採用を絞ったり、受託開発をして売上を上げる方に舵を切ったり、業務委託を「今月末までに」ではなく、優先度の低い順に解約していったり、何か出来たのではないかと思う。ダウンラウンドの資金調達といった手段もあっただろうし、早期にジョイントベンチャー設立に動くなど、別のプランもあったかもしれない。これらの意思決定に「バーンレート」「ランウェイ」といった「いつ死ぬか」というのが分かる非常に分かりやすい指標は大いに役立つ。
おわりに
日経新聞の記事だけでは表面的なことしか分からず、せっかく「清算から学ぶ」のであればもっと事実に基づいた情報が必要だと思い、調べながら本記事を書いた。
こんな色々偉そうに書いても「第三者なら好き勝手に書けるだろう」に過ぎず、実際の事は当人たちにしか分からない。「ハード・シングス」の本に書かれている内容の殆どは実際に起こりうるし、スタートアップ企業というのは、極端に難しいとしか思えない。
簡単なら事業会社はVCに出資せず、自分で子会社を作ってやるだろう。VCが必要なのは、大抵の企業は失敗するが一部の企業が成功することで、集めた資金以上のリターンをそこから得られるからだ。ポートフォリオとして失敗するスタートアップ企業の存在は欠かせない。無いに越したことはないが、実際には殆どの場合発生してしまう。
「資金調達xx億円!」みたいなキラキラしたプレスリリースにだけ目を奪われることなく、しっかりと、失敗事例からも、起業家や起業を志す者は学び取ることが望ましい。「自分はそんな失敗は起こさない」と思っていても、名だたる起業家が実際に起こしているのだから。不運に見舞われているのであるから。ハード・シングスをもしまだ読んだことがない方が居れば是非読んで頂きたい。
冗談ではなく、本当に、この本に書いてあることの大半は、起業した人には訪れる未来だ。